良質な保育?「保育園義務教育化」を読んでちょっとモヤモヤした話。

子どもの手と、それに添えられた親の手

こんにちは、みてみて(@look_mam_look)です。

同い年の社会学者、古市憲寿氏が子育てについて本を出したと聞いたので読んでみました。

某ワイドショーで「子供は何か液体が出てるので苦手」みたいなことを言って古市さんが、表紙で子供と写ってる・・・赤ちゃん、スタイしてるんだけど、、液体は大丈夫だったんでしょうか?
気になりますが読み進めていきます。

保育園義務教育化のねらい

「保育園」を「義務教育化」ってどういうこと?何のために?ということで、古市さんは次のことを言っています。

孤独育児の母親を救う

日本のお母さんには、仕事・家事・育児は当たりまえなこと、理想の「お母さん」であることが求められている。

しかし、そのことが「お母さん」が一人の人間として扱っていないことにつながっている。
お母さんに自分の時間も持ち、活躍するほうがいい。


保育園が義務であれば、預けることへの罪悪感も減らせる。
(保育園に預けるのは母親の意志ではなく義務だから)

国がもっと教育へお金をかけるべき

  • OECD諸国の中で若者に使っているお金が少ない
  • 教育機関への公的支出割合は先進30か国中最下位


要するに、国として教育への力の入れ方が圧倒的に不十分だということ。

幼児期の教育にお金を使うことはもっともコスパがいい

学校でいくら熱心に勉強を教えたところで、こども自身に聞く力・考える力・考え続ける忍耐などが備わっていないと意味がない。これらの「生きる力」(非認知能力)は幼児期に培われる。


質の高い乳幼児教育を受けた子供は大人になってからの学歴や所得に差がつくので、保育園にお金をかけることは社会全体の利益につながる。

「質の高い保育」について考えてみた

人生の成功には「生きる力」が必要で、そのためには(ときにはお金をかけて)良い環境で幼児期を過ごすことが大切だということですね。じゃあいい環境って何だろう?

実験が証明した就学前教育の成果

幼児期の教育に力を入れる重要性を立証した実験として1960年代にアメリカで行われた「ペリー幼稚園プログラム」が紹介されています。

このプログラムでは、貧しい地区に生まれたアフリカ系住民の3歳から4歳の子どもたちに、質の高い就学前教育を提供した。
子ども6人を1人の先生が担当し、その先生も修士号以上の学位を持っている人に限定。
読み書きや歌のレッスンを週に5日、それを2年間続けた。
さらに一週間につき90分の家庭訪問を実施し、親にも積極的に介入したという。

彼らは、19歳時点での高校卒業率が高く、27歳時点での持ち家率が高く、40歳時点での所得が高く逮捕歴が低かった。

さらに、ノーベル賞学者のヘックマン教授は「アベセダリアン・プロジェクト」の結果を根拠に「5歳までのしつけや環境が、人生を決める」と断言。

貧しい家に生まれた平均生後4.4ヶ月のアフリカ系アメリカ人を対象に行われたものだ。
保育園に通った子供たちは、一日に6時間から8時間、週5日間、当時の最新理論に基づいた学習ゲームなどをさせられた。
同時に教師は保護者面談を定期的に実施、家庭学習の進め方を教えた。
するとやはりペリー幼稚園プロジェクト同様の結果が出た。

ここで私が気になったのは、良質な保育実験にどちらも家庭教育(親)への指導がなされていたことです

良質な保育には家庭環境が重要

親にまで教育指導がなされているということは、家庭でのしつけや親の接し方も子供の成長には重要だということ。プロの教育と家庭環境、これが乳幼児期教育の両輪であるといえます。

ペリープログラムでは毎週90分もの家庭訪問の実施とあるんですが、これは相当みっちりですよね。大学で言うと一コマ分の時間ですし、それを2年もやればさすがに子供もよく育つだろうなぁと思います。

しかし、ここまでやらないと良質ではないんでしょうか?

良質でない保育とは?

子どもの頃「うそをついてはいけない」「他人に親切にする」「ルールを守る」「勉強をする」という四つのことを教えられた人は、大人になってから、そうでない人と比べて平均年収が約57万円高かったのだという。

・・・なんか、「そりゃそうだろうよ」

というか大人として当たり前の教えでは?というのが正直な印象です。でも、一般の感覚で「当たり前ではない」環境で育っている子供がいるのもまぎれもない事実です。

日本の子供の6人に1人が貧困と言われていますよね。ここでいう貧困とは一般水準の半分以下の生活のことで、ざっくりいうと4人家族で250万円という数字です。

経済的な貧困はもちろんですが、同時に教育機会・教育環境・人間関係の貧困も同時に抱えているのが現状。


「頑張ったって意味がない」「誰も助けてくれない」「これが社会」そういう環境で日々を送っている子供が日本にもたくさんいるのです。

良質な保育が救うのは

世界的にも格差が問題となっています。もしすべての子供が乳幼児期に教育の機会に恵まれればこういった貧困に苦しむ子供たちを救い上げることが出来ます。

国が教育支援に乗り出すことは社会全体のレベルアップにつながると古市さんは言っていますが、少なくとも格差の下の部分を底上げ出来る可能性はあります。

しかし、忘れてはいけないのは国や教育機関だけではなく、親たちも子どもの教育を担っているということ。親の意識が変わらずして、子の生きる活力は育ちません

子育て中の専業主婦がこの本から感じた疑問

私は今3歳と0歳の息子がいます。出産して以来専業主婦で毎日こどもと接しています。

長男は今年幼稚園にあがりました。子どもと一緒の毎日はそれは大変だったけど、楽しみや喜びも同じだけもらっています。


育児にかかわる大人として、古市さんよりは経験や考えもあると思いますのですこし批判的な感想をまとめてみようと思います。

保育園と幼稚園はやっぱり違う

この本のタイトルは「保育園義務教育化」です。こども園の普及もあり、広い意味での「公的な就学前教育」という意味で使っているとあります。

でも、0歳から6歳までの子供をひとくくりに語るのには無理があります。

海外での就学前教育義務化についても触れられていますがやっぱり3歳からのもの。それまでの育児サービスはやはり「保育」を重視した保育ママやベビーシッターが担っています。

なにより、ベビーシッターが普及しているということは(移民や人種格差など)安価な労働力がある社会が前提であることは忘れてはいけないことだと思っています。

保育と教育、何を目的にどうやって取り組めばいいのか、具体案を聞いてみたかったです。

公助、よりもまずは共助ができる社会へ

核家族化は世界で見られるのに、日本の子育てだけがこんなに大変なのはなぜでしょう?

一般的に核家族の代表例は「夫婦と子ども」ですが、日本(特に子育てに関しては)では「母親と子ども(+父親)」になっているのが現状です。理由は「長時間労働と男女不平等雇用」の一言に尽きます。

海外の子育ては時短勤務や育休の整備で夫婦が協力して育児ができる環境が整っていますが、日本は働くことの負担とプレッシャーが大きすぎます

保育園が決まって仕事復帰が出来ても育児家事負担で夫婦(というより圧倒的に女性側の)不満が大きい現状を見ていると、たとえ幼児教育が義務化されても家庭は幸せにはなりません。

むしろ待機児童問題に取り組むことで、働き方改革や男女平等などの根本的な問題の解消を放棄しているのでは?という印象すら持ってしまいます。

  • 子どもの親は2人なのになぜ母親の負担だけが重いのか?
  • 0歳児から保育園に入れる人が多いのはなぜか?
  • 多くの人が保育の道に進み、生活と人生を考えて辞めていくのはなぜか?

こういう問題を考えずして、日々の暮らしに幸せを感じられる社会にはならないと思いました。

まとめ

著者は独身なので、周りから聞いたネガティブな子育てエピソード満載で不安を煽ります。

なので専業主婦のわたしはポジティブなエピソードを添えてまとめとしたいと思います。

子連れで新幹線も飛行機も乗り、子供が泣いたりして大変だった時もありますが、みなさん優しい方ばかりでした。通りすがりの高齢者も自分の孫のように笑顔で声をかけたり、あやしてくださる方も多いです。

攻撃的な人、価値観を押し付けてくる人はどこにでもいるものなので、そういう人は無視しましょう。
大多数の方は優しいですよ。

優しさを見つけること。わたしが人へ優しさを表すこと。
社会はなかなか変わらないけど、ひとりひとりがまず自分を変えていくことは今すぐにでもできます。

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